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子ども力の育成 第3巻 埼玉大学准教授/体育科学博士 野井真吾 |
日ごろ私たちは、種々の条件下における体温や血圧の測定を通して、子どもの自律神経機能の様子を観察している。
たとえば、体温調査の結果では、かつての子どもたちや中国・北京市の子どもたちに比べて低い体温水準にあることが明らかにされている。
そればかりか、起床時の腋窩温(脇の下の体温)が36℃に達していない子どもでは、体温測定時に示される“からだ”の活動水準が1日を通して低いこと、その活動水準のピークがより遅い時間帯にズレ込んでいること、起床時の通学意欲が低いこと、等々の様相も明らかにされている。
さらに、体位変換や寒冷刺激による血圧の変動の調査結果では、1950年代には認められていたこの機能の発達傾向が、最近では観察できなくなってしまっている様相が明らかにされている。
そうはいっても、かつての子どもたちにしてみても、自律神経機能を鍛えるために、乾布摩擦や裸足の生活をみんながみんな好んでやっていたというわけではないだろう。
したがって、当時の日本では、日本で育ってさえいれば自然に発達していったのがこの機能であったといえる。
ところが、現在の子どもたちの生活には、外遊びの大敵ともいえるテレビやテレビゲームが侵入し、しかも諸外国に比べて、昼夜を問わず明るい環境が整備されている。
最近では、昼間の日光浴が眠りのホルモンとも呼ばれるメラトニンの代謝を促進することや、逆に、夜の光刺激がメラトニンの代謝を抑制することが明らかにされている。
加えて、生活環境中の電磁波の影響も看過できない。
昨今話題の超低周波電磁波は小児白血病の発症率を倍増させるだけでなく、やはりメラトニンの代謝を抑制するとの疫学調査も見受けられる。
このように考えてくると、現在の日本の子どもたちは、生活リズム、生体リズムがかく乱されやすい生活環境のなかで過ごしているといえる。
そして、そのような環境にありながらも、リズムの乱れの影響を受けやすい自律神経機能の調子を整え、しかもそれを発達させることを要求されているともいえるのではないだろうか。
これらの“事実”は、わが国で育っていれば自然に育っていくものと考えられてきた自律神経機能でさえ、その「自然成長論」を払拭して、そのための意識的な働きかけを仕掛けていくことがきわめて今日的な健康課題であることを物語っているものと考える。
他方、子どもの“心”の育ちについても心配な調査結果がある。
私たちは、go/no-go実験と呼ばれている手法を用いて、子どもの大脳前頭葉の働きの特徴を機会あるごとに調査し続けている。
そして、最近の調査結果では、小学校に入学する頃になっても、集中が持続せずどこか落ち着かない「そわそわ型」の子どもたちがかつてのようには減少していないこと、さらには、子どもらしい“興奮”を抑えすぎてしまって、自分の気持ちを上手に表現することが苦手な「抑制型」の子どもたちが見受けられはじめたこと、等々が心配されている。
一方で、小学校低学年における「そわそわ型」の出現率の多さは、1990年代以降話題になっている“学級崩壊”や“小1プロブレム”の背景にある育ちの問題として、また、かつては1人も観察されなかった「抑制型」の出現は、子どもに対する周囲の印象が「まじめで、よい子」「おとなしくて、何の問題も起こしそうにない子」と、子どもによる信じ難い事件で不幸にもその加害者になってしまった子どもの印象と酷似していることから、いわゆる“キレる”と称される問題行動の背景にある育ちの問題として、それぞれ注目されている。
そもそも、子どもはワクワク・ドキドキするような“遊び”や“いたずら”、時には“けんか”を通して、子どもらしい“興奮”を惹起し、そのことで脳を刺激して、強い“興奮”を育てていくものと考えられている。
そしてそのうえで、その“興奮”に見合った“抑制”が育てられていくものと考えられている。
だとすると、テレビやテレビゲームの出現よって、野山を駆け回って泥んこになって遊ぶという経験が激減してしまったいまの子どもに対しては、“興奮”を安易に“抑制”してしまうような取り組みではなく、むしろそれを引き出したり、あおったりする取り組みが求められているといえるのではないだろうか。
いずれにしても、この高次脳機能についても、「自然成長論」を払拭して、そのための意識的な働きかけを仕掛けていくことがきわめて今日的な健康課題であることを物語っているものと考える。
このように、わが国の子どもたちはその“からだ”と“心”の調子を整えにくく、しかも発達させにくい状況のなかで、それでも何とかしようともがき苦しんでいるといえる。
一刻も早くこの状況から脱出し、いきいきとした子どもたちの姿を取り戻したいものである。
そうは言っても、このような子どもの“からだ”と“心”の問題に気づいた国は、世界を見渡しても日本が最初といえる。
そのため、この問題を解決するための仮説は、まだ誰も分からないというのが正直なところである。
本稿からも明らかなように、日々子どもと接している先生方の“実感”は、子どもの“からだ”と“心”の変化を感度よく捉えていたといえる。
したがって、それぞれの“実感”を大切にして、その“事実”をいっそう克明にしながら、みんなで知恵を出し合って、世界初、人類初のこの挑戦に立ち向かっていき、この危機を希望に転じることができればと思って止まない。